2013/03/26 保育園で住む街を選ぶということを行政は理解しなさい

昨日(3/25)の報ステを見てブログに書こうかと思いました。

さいたま市の待機児童の親達が行政不服審査法に基づいて集団で異議を申し立てたというもの。
さいたま市では認可保育所の募集枠5052人に対して1673人が選考に漏れたということです。

我が家も2歳の娘がいますが、すでに来年度の認可保育所への入居審査に通らず保留扱いになっていますので他人毎ではありません。

ニュースの中で
◯母親たちによる1点の攻防 → あるある
◯運や状態によって点数が変わり平等ではない → 悪い意味でそうだと思う
◯コメンテーターの駒崎さんの「違憲状態とも取れる」 → そう捉えられるのか。なんかスッキリした。
というのが私の感想です。

私が実感するには
1.母子家庭や生活保護家庭(低所得者)が圧倒的有利
2.次に(母親が)公務員や大企業で割と制度がしっかりしている(産休や育休制度)人が有利
3.ちょっとでも条件外になるとスタートラインにすら立てない
ですが、まあこういった制度の問題は専門ではないので愚痴にしかなりませんが、
建築や不動産分野にいる身として思うのは、
「人口や産業を増やすチャンスじゃないの?行政しっかりしようよ」ということです。

●フルタイムで働く両親で、しっかりお金を使ってくれる人たちを

 誘致するのが行政の為になるんじゃないのか

仮に世帯年収が1000万円の家庭があるとして、
およそ住民税は50万円強です。
逆に保育所に預ける子供に対する税金はざっくりですが月30万から50万円かかるとのことです。
このモデル世帯が毎月払う保育料は約5万円ですから、
単純に税金とのバランスで言えば大赤字ですね。
しかし日々の生活で人はお金を使いますし、払う人がいれば貰う人がいて、
そこにも税金が発生するわけですから単純に考えてはいけません。
何よりも「子供がいない街は死んでいく運命にある」ということを危機を持たなければなりません。
老人ばっかりのニュータウン、この問題と待機児童問題は密接にあると私は思います。
資産価値の落ちない街を選ぼうと私は提唱していますが、
子供がいる街はその条件に必須だと思っています。

●どこに住むかの最優先事項は「子供を預けられる場所かどうか」

子供が保育所年齢にある世帯は住宅であれば1次取得層と呼ばれます。そろそろ家を買おうかと考えるきっかけです。
また家を買わないにしろ、そこそこ広い部屋が必要だったり環境を考えたりして多くの人が住まいを移転します。
その際にどこに住むかの大きな要因が保育園であったり、行政サービスであったりします。

以前私は東京の江東区に住んでいました。ここは結婚を期に住んだので子育てでは選んでいません。
子供が出来た時色んなサービスを比較する中で江戸川区や杉並区がいいらしいぞと聞こえて来ました。
子供を保育園に預けられなければ仕事が出来ない人たちにとって、
移転の最優先事項は「子供を預けられる場所かどうか」。
私の場合は子供を0歳から預けていたので、近くの認可保育園に奇跡的に入居出来ました。
ですので、この利権を手放すのは相当な理由が必要です(←これもポイントですね、二人目以降も高確率で同保育園に預けられますから)
おそらくあのまま東京に入れば、妻が専業主婦にならない限りは引越しをしない、もしくは近所に引越しをする。
の2択しかありません。
認可保育園に入るということだけで、今その恩恵にある人もない人も極めて住まいの流動性が悪いことがご理解頂けたでしょうか。

ウチの自治体は多少不便だけど、100%保育所に入れます。医療費もタダです。色々サポートします。
という自治体があれば多くの若者夫婦(共働き世帯)が入ると思うのですが。
それを実践しているのが長野県下條村。
村だからできるって?保育コンシェルジュ制度で待機児童がワースト1から待機児童ゼロになったのが横浜市。人口約370万人。

やり方や恩恵は違うけど、下條村にできて横浜市にできて三田市にできないですか?(←愚痴です><)

●住むに密接する不動産屋だからこそ考えて行かなければならない

今ご相談に乗っているお客様もこの辺りの情報を気になさる方が多いです。
宝塚に住むか、川西に住むか、西宮に住むかを選択する際に仕事だけではなく子供のこと、本当に大きな要因です。
専業主婦の方でもそれは大きく変わりません。

そういえば以前妻にホームページに子育て情報を載せて欲しいと言われていました。
確かにその必要性を感じます。

一不動産屋のサイトの比較で行政サービスを闘わせる(子育てメインで)となれば面白いですね。
木の家が理念の不動産屋では関係ないのでは?そんなことはありません。
木の家を求められるお客様の多くは子育て世代だから。
家の外と家の中の両方の快適性を求められるのは当然のことです。